鹿児島のボディコンディショニングサロンならビーワンセルフのセラピスト紹介

be oneself【ビーワンセルフ】のセラピスト紹介

 

陽向(ひなた)りえ

  • 1982年9月29日生まれ
  • 鹿児島県阿久根市出身
  • てんびん座
・B型

 

好きなもの・好きなこと

ヨガ・カフェ・コーヒー・スイーツ・美味しいご飯を食べること・音楽・ラジオ・ジャズ・読書・映画・倖田來未・新木優子・散歩・ジム・トレーニング・自然に癒されること・旅行・温泉

 

略歴

1982年9月29日生まれ。

鹿児島県阿久根市出身。

海沿いの、山に囲まれた自然豊かな町でのびのびと育ちました。

 

保育園

この頃から音楽が大好きで、おもちゃのピアノを弾いて遊ぶのが大好きでした。

そして、保育園では鼓笛隊に入り、お祭りのときに楽器を叩きながらパレードをして歩きました。

一生懸命練習したことをみんなが喜んでくれたり、褒めてくれるのが嬉しかったのをよく覚えています。

 

小学校

小学2年生の頃、友達が通いはじめた陸上クラブに入ることにしました。

運動が好きなわけではなかったですが、ただ一緒に帰る友達がいなくて寂しかったから、という理由ではじめました。

それからは短距離走やリレー選手に選ばれることも多く、よく転んでケガばっかりしていました。

 

中学校

特に英語の授業が大好きで、先生に褒められるたびに勉強するのが楽しくなりました。

この頃は、将来の夢は「通訳か翻訳」で、英語に関わる仕事をしたい、と思ってました。

中学に入ってからも陸上を続け、この頃に鍛えたおかげで今でも、足やお腹周りの筋肉がしっかり引き締まっているんだな〜と思います。

 

高校

地元でも有名な進学校へ、毎朝5時に起き、電車で30分かけて通っていました。

部活は、陸上ではなくて吹奏楽部。

もともと音楽をやりたかったのに、中学では吹奏楽部がなかったので、仕方なく陸上部に。

念願の吹奏楽部に入れたものの、周りは経験者ばっかりで、練習についていくのもやっと。

負けず嫌いな性格で誰よりも練習したので、手首が腱鞘炎になるほどでした。

この頃は文系コースにいましたが、「何か人の役に立つ仕事がしたいな」と進路を考えていたある時、職業紹介の本を見て「理学療法士」という職業があることを知りました。

「わたしが関わることで、相手の方の人生がもっとより良いものになるなんて、とても幸せなことだな〜」と直感で感じて、理学療法士になることを決めました。

当時、担任の先生からは「お前は文系なのに、理系の道に行くのか?」と呆れられましたが、それでも決意は固く、苦手だった物理や化学などの理数系の勉強を頑張り、理学療法士の専門学校へ進むことを決めました。

 

専門学校

理学療法士の専門学校へ通うため、鹿児島から宮崎へ。初めての一人暮らし、
初めての経験。しかも苦手な理数系の科目ばかり。

慣れないことも多く、周りについていけなくて、一年目の前期試験で合格点をもらえずに入学してわずか3ヶ月で留年が決まりました。

それでも諦めきれず、なんとかして試験に合格し、念願の理学療法士の国家試験合格。

この頃は「もう二度と勉強したくない」というくらい、人生で一番、勉強を頑張りました。

おかげで今は、楽しく仕事をすることができています。

 

就職

宮崎から地元の鹿児島へ帰り、新人の理学療法士として、総合病院へ就職。

一人前と言われるのは3年経ってから、と言われた通り、臨床の現場ではとにかく分からないことだらけ。

いつも目の前にいる患者さん一人ひとりから、学ばせてもらっているつもりで、必死に勉強しました。

当時、新人で入った同期がわたしを含めて6人いて、そのうちの女子3人とよく仕事終わりにファミレスへ行き、夜中まで語り合っていました。

慣れない環境の中でも、お互いに支え合える仲間がいたからこそ、乗り越えられたんだと思います。

 

転機

それから3年半、地元の病院に勤めたあと、鹿児島市内の高齢者向け施設に転職しました。

その頃は、もっと勉強したい、地域の人のために何か少しでも役に立てるようになりたい、と思っていました。

そして、転職してから3年後。わたしにとって転機となる出来事が起きました。
忘れもしない2011年9月5日の朝。

朝目覚めてベッドから降り、立ち上がろうとした瞬間、今まで感じたことのない、衝撃的な激痛を左足に感じました。

何が起きたんだろう?と一瞬分からなくなり、何かにつかまらなければ立つことも歩くこともできない状態でした。

それから色んな病院を周り、原因を調べました。結局、はっきりした原因は分からないまま時間だけが過ぎ、ただ、痛み止めを飲むだけの日々。

病院を何件も周ったある時、診断されたのが「回帰性リウマチ」といって関節リウマチの症状(関節の腫れ、熱感、痛み)を繰り返すもの。

それからというもの、その症状を抑えるためのステロイド剤を飲みはじめ、仕事をしながらも強い副作用で吐き気や眠気と戦う日々でした。

体に激しい痛みを感じてから、4年。

初めは左足首だけだったのが、両足・両手にも広がり、とうとう普通に生活することもままならなくなりました。

今まで当たり前にできていたことが出来なくなるのを、ただ黙って安静にしていることしかできなくて。悔しくて、情けなくて、生きているのも辛くなるほど、心も体も限界の状態にまでなりました。

そして、7年勤めたその職場を辞めて休養することにしました。

 

休養期間

休んでいた期間、生きる目標を失ったわたしは何をしていいか?わからなくなりました。

コーチング、起業塾、マーケティング、とにかく色んな講座に通い、学び続けました。

そして、自分らしく仕事をしながら生きていくために、起業することを決めました。

当時、理学療法士の資格以外に、「子宮美人ヨガ」の講師資格を持っていたので、まだ鹿児島では知られていなかった「子宮美人ヨガ」を広めるために、イベントを開催したり、交流会へ積極的に参加したりして、辞めてから一年くらいはとにかく自分の居場所を作るのに必死に活動し続けました。

それでも、生活するのにやっとの状態が続いて、この先どうすればいいのか?わからなくなった頃、たまたま知人の紹介で知り合ったのをキッカケに、人間心理学の講座センターピースと出会いました。

当時のわたしは、「何とかして今の状態から抜け出したい」と藁にもすがる想いでした。

そこで初めて、自分自身の《内面》と向き合い「あり方」を学びました。

完璧主義で、誰にも弱いところを見せたくなかったわたしは、自分が心から安らげる場所を見つけました。

そして、「もう二度と復帰できない」と思っていた理学療法士の仕事にも、復帰することが出来ました。

それまでいろんな治療方法や、あらゆる健康に関する方法を試しても治らなかったあの激しい体の痛みは、心が安定するのと同時にだんだん症状が軽くなっていきました。

今思うと、心のなかにストレスを溜め込み、それに気づかないフリをしてガマンし続けた結果、体が限界になったのかもしれません。

 

ヨガサロンを始める

ヨガサロンを始めるキッカケになったのは、久しぶりに再会したある知人から。

その知人は腰のヘルニアになり、歩くのもままならない状態からようやく立ち直りつつあるものの、自分ではどんなケアをすればいいのかわからないので、教えて欲しいと頼まれたこと。

このことをキッカケに、わたしは元々こんな風に「一人ひとりとじっくり向き合い、その人に合わせた形でサービスをしていくことがしたかったんだな」と気づきました。

はじめのうちは、会議室を借りてしていましたが、毎回借りるのは大変なので、部屋を借りてしまおう!と思い立ち、2018年2月、「be oneself【ビーワンセルフ】」として活動することにしました。

 

わたしのミッション(使命)

わたしの使命は、《一人ひとりに寄り添うセラピストとして、誰もが健康で生き生きと生活できるようサポートすること》です。

「パーソナルセラピスト」というのは造語で、「パーソナル(個人の)」「セラピスト(治療者)」という意味。

病院に勤めている頃から、組織の中でできることは限られている、という限界を感じていました。

「一人ひとりの悩みや問題に寄り添うことのできるセラピストでありたい」、という想いから、パーソナルセラピストとして活動することを決めました。

これからも初心を忘れず、皆さん一人ひとりに寄り添うパーソナルセラピストとして、日々、精進してまいります。

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定休日:火曜、木曜
TEL:070-7611-7129
住所:鹿児島県鹿児島市荒田1丁目1-8 シティライフ荒田 203号室

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